サプライチェーンの持続可能性:ISO 20400と責任ある調達~Scope 3排出量管理につながる、調達活動の考え方~
1.はじめに
企業のサステナビリティへの取り組みは、自社の事業活動だけで完結するものではありません。原材料や部品の調達、製造委託、物流、販売、製品の使用・廃棄など、サプライチェーン全体を通じて、環境、人権、労働、安全衛生、倫理などの課題が発生します。
近年は、取引先における温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)排出、人権侵害、法令違反、原材料のトレーサビリティ不足などが、自社の事業継続やレピュテーション、顧客との取引に影響を及ぼす経営課題となっています。価格、品質、納期だけでなく、環境・社会・経済の観点を考慮する「責任ある調達」が求められています。
こうした責任ある調達を、組織の方針と日常の調達プロセスへ組み込むための国際的なガイダンスが「ISO 20400(持続可能な調達に関する手引)」です。ISO 20400は、組織の規模や業種にかかわらず、ISO 26000で示されるサステナビリティの考え方を調達へ統合するための指針を提供します。2017年4月に発行され、2023年の定期見直しで現行版として発行されています。
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2.ISO 20400とは
2-1.持続可能な調達のための国際的なガイダンス
ISO 20400は、調達に関する意思決定や業務プロセスへ、環境・社会・経済の観点を統合するためのガイダンスです。原材料・部品の購入だけでなく、サービス委託、物流、建設、設備、サプライヤー選定、契約管理、取引開始後のモニタリングなど、広範な調達活動を対象とします。
ISO 20400がカバーする3つの階層
| 経営戦略 | コミットメント、説明責任、調達方針と経営目標の整合 |
| 調達機能 | 体制、能力開発、ステークホルダーとの連携、優先順位付け |
| 個別案件 | 計画、仕様、選定、契約、契約管理、レビュー、改善 |
2-2.認証取得を目的とする規格ではない
ISO 20400は、ISO 9001やISO 14001のように認証のための要求事項を定めたマネジメントシステム規格ではなく、組織の取り組みを支援するガイダンス規格です。したがって、本来の目的は「認証取得」ではなく、規格の考え方を活用して、方針、責任体制、リスク評価、サプライヤー管理、契約および改善活動を実務に定着させることにあります。
3.ISO 20400の基本構成
ISO 20400では、持続可能な調達を単独の活動として扱うのではなく、経営方針から個別の調達案件まで、組織全体で一貫して展開することを重視しています。規格は、基本原則、方針・戦略への統合、調達機能の整備、個別プロセスへの実装という流れで構成されています。
3-1.基本原則
- 説明責任
- 透明性
- 倫理的な行動
- ステークホルダーの利害の尊重
- 法の支配の尊重
- 国際行動規範の尊重
- 人権の尊重
これらは環境負荷のみを対象とするものではありません。人権、労働慣行、公正な事業慣行、地域社会、消費者課題などを含め、調達による幅広い影響を捉えることが必要です。
3-2.調達方針・戦略への統合
- 経営方針と責任ある調達方針の整合
- 経営層のコミットメントと説明責任の明確化
- 調達部門とサステナビリティ部門の役割分担
- 調達カテゴリー別のリスク・機会評価
- 重点サプライヤーとKPIの設定
- 調達担当者への教育と運用状況のレビュー
単にサプライヤー行動規範を制定・配布するだけでは十分ではありません。見積依頼、仕様、サプライヤー選定、契約、発注、評価、契約更新へ方針を反映し、通常の調達業務として運用することが重要です。
3-3.個別の調達プロセスへの組み込み
調達プロセスへの実装例
| 調達段階 | 主な実施事項 |
| 調達計画 | 必要性、数量、代替手段、ライフサイクル、環境・社会リスクを検討 |
| 市場調査 | サプライヤーの対応能力、認証、トレーサビリティを確認 |
| 仕様・要件 | GHG排出量、人権、労働安全、化学物質等の要求事項を設定 |
| 選定 | 価格・品質・納期に加え、サステナビリティ実績を評価 |
| 契約 | データ提出、法令遵守、是正、監査協力等を規定 |
| 契約管理 | 定期評価、データ収集、リスクモニタリングを実施 |
| 改善 | 教育、対話、改善計画、共同プロジェクトを実施 |
すべてのサプライヤーへ一律の要求を課すのではなく、調達金額、代替可能性、製品の重要性、国・地域、業種、環境・人権リスクなどに基づき優先順位を設定します。
4.責任ある調達とScope 3排出量管理
4-1.SCOPE 3管理には調達部門の関与が不可欠
Scope 3は、Scope 1およびScope 2以外の、企業の事業活動に関連する他社の間接的なGHG排出量です。GHGプロトコルでは上流・下流を合わせて15カテゴリーに分類され、調達活動は特にカテゴリー1「購入した製品・サービス」、カテゴリー2「資本財」、カテゴリー4「輸送、配送(上流)」などと密接に関係します。
調達活動とScope 3の関係

カテゴリー1には、報告企業が購入・取得した製品およびサービスの製造段階までの上流排出量が含まれます。算定方法には、サプライヤー固有データ、ハイブリッド法、平均データ、購入金額を用いる方法があります。
購入金額と排出原単位による推計は初期算定に有用ですが、個々のサプライヤーによる削減努力を反映しにくい場合があります。実際の削減を把握するには、活動量、製品別カーボンフットプリント、再生可能エネルギー利用、削減目標などの一次データを段階的に収集する必要があります。
4-2.ISO 20400がSCOPE 3管理の「仕組み」を支える
ISO 20400はGHG排出量の算定方法を定める規格ではありませんが、Scope 3管理を調達業務へ組み込む組織的な枠組みとして活用できます。GHGプロトコルが主に「何を、どのように算定するか」を示すのに対し、ISO 20400は「調達方針とプロセスへどのように定着させるか」を考える際の手掛かりになります。
ISO 20400とScope 3算定枠組みの役割
| 観点 | ISO 20400 | GHGプロトコル等 |
| 主な役割 | 持続可能性を調達方針・戦略・プロセスへ統合 | Scope 3の算定・報告方法、データ収集の考え方 |
| 接点 | 対象の優先順位、要求、選定、契約、評価、改善 | 排出源の把握、算定方法、一次データ、削減効果の評価 |
4-3.SCOPE 3管理を調達へ実装する8つのステップ
- 排出量の大きい調達カテゴリーを特定
- 事業上の重要度を加味して重点サプライヤーを選定
- 求めるGHGデータと算定ルールを明確化
- 見積依頼書・仕様書へ環境要件を反映
- 契約へデータ提出・削減計画を反映
- サプライヤーから定期的にデータを収集
- データ品質と削減実績を評価
- 対話・教育・技術支援・共同削減へ展開
GHGプロトコルのサプライヤーエンゲージメントガイダンスは、データ収集に先立ち、社内担当部門、対象サプライヤー、調達部門の関与、データ管理方法を明確にすることを推奨しています。
5.持続可能な調達を進める実務上のポイント
5-1.すべてのサプライヤーを同時に管理しない
サプライヤー数が多い企業では、すべての取引先から詳細情報を一度に収集することは現実的ではありません。調達金額、Scope 3排出量、国・地域、業種、重要原材料、代替可能性、過去の事故・違反などから優先順位を設定します。
重点サプライヤーには詳細評価や改善活動を行い、その他のサプライヤーには基本事項を確認するなど、リスクベースで管理水準を設定します。
5-2.アンケートの回収を目的にしない
SAQ(Self-Assessment Questionnaire:自己評価質問票)は有効な手段ですが、回答率や得点の集計だけでは実際のリスク低減につながりません。証拠資料の確認、追加ヒアリング、現地確認、改善計画、期限管理、次回評価を一連のプロセスとして設計する必要があります。
環境、人権、労働安全、コンプライアンス等の調査が重複すると回答負担が増えます。社内の調査を可能な範囲で統合し、調達部門と専門部門で情報を共有することが望まれます。
5-3.契約と評価制度へ反映する
責任ある調達方針や行動規範を、契約条件および取引先評価へ反映します。法令・規範の遵守、サステナビリティ情報の提出、根拠資料の保管、重大事案の報告、改善要請、現地確認への協力、再委託先管理などが候補となります。
5-4.要求だけでなく協働を進める
中小企業を含むサプライヤーでは、人員や専門知識が限られる場合があります。説明会、算定テンプレート、共通ルール、個別相談、改善事例、共同調達、省エネ診断などを組み合わせ、実行可能性を高めます。環境省では、Scope 3算定、一次データ取得、意識醸成、削減計画、データ連携など、バリューチェーン全体の脱炭素化に向けた情報と施策を展開しています。
サプライヤーの優先順位付け(例)

6.導入に向けた基本的な進め方
ISO 20400の考え方を活用した責任ある調達は、次の6段階で進めることができます。最初から完成形を目指すのではなく、重要なカテゴリーやサプライヤーから試行し、結果を踏まえて対象範囲と管理精度を高める方法が現実的です。
| STEP 1:現状把握 | 方針・規程・契約・SAQ・収集データを確認し、ギャップを整理 |
| STEP 2:リスク・機会評価 | カテゴリー、環境・人権リスク、Scope 3、重要度から優先順位を設定 |
| STEP 3:方針・目標設定 | 調達方針、行動規範、目標・KPI、責任体制を明確化 |
| STEP 4:プロセス実装 | 仕様、見積条件、選定基準、契約、SAQ、評価制度へ反映 |
| STEP 5:エンゲージメント | 説明、データ収集、改善計画、教育・支援を実施 |
| STEP 6:評価・改善 | KPI、データ品質、削減効果をレビューし、仕組みを更新 |
7. まとめ
ISO 20400は、責任ある調達を経営方針から日々の調達活動まで一貫して組み込むための実践的なガイダンスです。Scope 3排出量管理をはじめ、環境・人権・コンプライアンスに関する要請が高まるなか、企業にはサプライチェーン全体を視野に入れた取り組みが求められています。重要なサプライヤーとの対話や協働を通じて持続可能性を高めることは、リスク低減だけでなく、企業価値の向上にもつながります。責任ある調達は、持続可能なサプライチェーン構築の重要な基盤といえるでしょう。
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