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海事産業の脱炭素化における原子力という選択肢

1. はじめに


国際海事機関(IMO:International Maritime Organization)は、2050年頃までにGHGの排出量をゼロにする目標をかかげており、海運業界は脱炭素化と環境の持続可能性を追求するうえで、重要な岐路に立っています。

2025年4月に、国際的なサプライチェーンの関係者によるコンソーシアム“New Energy Coalition”は、海事産業における原子力エネルギーの利用の可能性についての研究をまとめたホワイトペーパーを発行しました。
このホワイトペーパーでは、主にSMR(Small Modular Reactor:小型原子炉)に焦点をあて、船舶の推進や港湾敷地内での原子力によるエネルギー生産に対して、現在利用可能な技術や開発中の技術、および適用可能な規制と課題について分析しています。

※ 海上、航空、陸上輸送の脱炭素化に向けた革新的な技術や新エネルギーの開発を目指しており、さらに、その認識と開発を促進する規制枠組みの必要性に対処するために、運輸・物流部門の官民の代表者向けに研究結果の共有やマニフェストを作成しています。ビューローベリタスもメンバーの一員として研究に携わっています。

2. 脱炭素社会における海事産業の状況

2-1. 海事産業のエネルギー消費

海上輸送は最も効率的な輸送手段であり、すべての輸送産業のなかで全世界のCO2排出量のシェアが最も低い3%未満であるものの、社会全体の脱炭素化のために、よりクリーンな燃料への移行が求められています。
2000年後半からさまざまな規制が制定され、代替燃料や持続可能なエネルギーといった新しいエネルギーの導入を強化する施策がすすめられていますが、重要なのは、海運業界のグリーン転換を推進するのに十分な新エネルギーを確保できるかどうかです。

現在海上輸送では社会全体のエネルギー使用の3%を占めていますが、今後、新エネルギーに対して生産全体の1/3が必要となる見込みであり、他の業界との競合が予想されます。
したがって、海事産業の脱炭素化のオプションとしての原子力エネルギーの可能性に関心が高まっています。

2-2. 海事産業での原子力利用の状況

港湾や船舶に電力を供給するための実現可能なエネルギー源としての原子力の歴史は既に数十年にわたります。米国、フランス、ロシアの軍隊やロシアの北極海での現地利用が目的で、1950年代以降、770基以上の原子炉(主に加圧水型原子炉)が海上で運転され、2024年現在約160隻(主に潜水艦)の原子力船が運転されています。

過去には4隻の原子力推進の商船と1隻のFNPP(Floating Nuclear Power Plant:海上浮揚式原子力発電所)の運転実績があり、2020年から1隻のFNPPがシベリアで操業しています。また、原子力砕氷船も1950年以降、シベリア海域で操業を続けています。

EU(欧州委員会)は、脱炭素化の必要性、電力需要の増大、地政学的不安定性などの今日の状況と新しい技術開発により、原子力を脱炭素化のための戦略的な手段の一つとしています。

3. 海事産業への原子力の導入

3-1. どのような船舶に推進力として導入するか

環境に優しい推進として原子力を船舶に導入する場合、対象船の決定には、得られる出力の大きさと、GHG排出量の削減目標達成への影響が鍵になります。
現在のSMRの出力に基づくと、30MW以上の電力の設置容量を持つような、1万TEU以上のコンテナ船、クルーズ船、大型LNG船などが原子力推進の良い候補になります。

船種ごとに表した、設置された電力容量と設置した船数の割合(%)および航海期間

図1:船種ごとに表した、設置された電力容量と設置した船数の割合(%)および航海期間

GHG排出量削減への貢献としては、毎月国際航路を航海するような貨物輸送に従事する船舶が適しています。特に大型の石油タンカーや大型コンテナ船、大型ばら積み船が一日あたりのCO2排出量が多く、削減目標の達成へ大きく影響します。また、ECA(Emission Control Areas:排出規制海域)を航行し、入港中のGHG排出量をゼロにすることが義務付けられているクルーズ船も候補に追加できます。

3-2. 港湾施設への導入

港湾も脱炭素活動への移行が求められており、停泊中の船舶からのGHG排出量も削減戦略に含まれています。さらに、EU独自の規制であるFuelEU Maritime規制では、港湾に対して停泊中の船舶へ陸上電力を供給することを求めており、これらへの対応として港湾施設内に独自のSMRを配備することも考えられます。

3-3. 現在の原子炉技術

現在開発中の150以上のSMRプロジェクトのほぼ半分は第III+(IIIプラス)世代の水炉であり、デモンストレーションを実行しているか、または設計と建設の最終段階にあります。一方、第IV世代の原子炉は未だ理論上にあり、ほとんどが設計および認可の初期段階にありますが、2030年以降の利用を目指しています。

3-4. SMRに特化したEPZ(原子力防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)


原子力船および陸上施設やFNPP、TNPP(陸上に設置された輸送可能な原子力発電所)へのSMRに共通する課題の一つに、Emergency Planning Zone(EPZ:原子力防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲)についてのガイドラインの整備があります。

EPZについての現行の規範的ガイドラインは、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)と国際労働機関(ILO:International Labour Organization)が共同で作成にあたった新たな放射線安全指針DS453 「職業上の放射線防護:Occupational Radiation Protection」に示されています。ほとんどの国の原子力安全規制当局がこれに従っており、周辺の港湾および原子炉周辺の人口地域は、それに応じて緊急時対応計画を準備し、保持する必要があることを意味していますが、前提となっている原子炉はPWR(Pressurized Water Reactor:加圧水型原子炉)であり、SMRの使用は想定されていません。

SMRの場合、発電に使用する核燃料の量が少なくて済むため、EPZを縮小できる可能性もあります。国際的に議論が進んでいる最中で未だ不確実ではありますが、期待されている部分でもあり、SMRの特徴を踏まえた安全基準や規制の整備が今後の発展に向けて不可欠です。

国際的な安全基準が整備されていないなか、一部の第III世代以降のSMRや第IV世代のSMRについては、自国の規制当局と設計者や原子力事業者による実証プロセスにおいてEPZの範囲も独自のアプローチで検討されているものもあります。

3-5. 海事産業での利用に向けての課題と規制の整備


原子力船の安全基準については、唯一SOLAS条約(海上人命安全条約)第VIII章で規定され、詳細かつ包括的な原子力商業船の安全規程(IMO決議A.491(XII))で言及されていますが、これもPWRの設計に関するものであり、1981年の決議当初から、将来の技術発展に伴い見直しが不可欠と予測されてきた規則です。


一方、その他の既存の原子力に関する規制は、主に陸上原子力発電所と放射性物質の輸送に焦点を当てており、SMRへの適用範囲は不明瞭です。また、FNPPやTNPPへの陸上原子力エネルギーに関する条約の適用を明確にしなければなりません。

洋上でのSMRの使用のための包括的な規制の枠組みを開発するためには、IAEAと原子力船コードの改訂を検討し始めているIMO、および関係者とで、次の点について、世界規模で調整する必要があります。

  • 緊急時および排除区域:
    現在のIAEAの安全基準は現世代の水冷式の陸上用SMRに合わせて規定されており、洋上での緊急時の取り決めについて、適切に対応していません。EPZの規模を規定することが重要な課題です。
  • 放射性廃棄物および使用済燃料:
    これまで開発されたほとんどのSMRでは、放射性廃棄物および使用済燃料の管理に詳細な注意を払っていないのが現状です。使用済燃料の処理、貯蔵、原子炉全体の処分など、いくつかの分野で安全ガイドラインを策定することが急務です。この点は、原子力利用の長期的な持続可能性および社会が原子力を受け入れることが出来るかという点で、極めて重要です。
  • 乗組員の訓練と資格:
    海事条約には、原子力船の乗組員を訓練するための具体的な規定がありません。乗組員の訓練は安全と放射線に対する防爆にとって極めて重要です。
  • 核サイバーセキュリティ:
    企業スパイや産業資産に対するサイバー攻撃の脅威が蔓延していることを考えると、拘束力のある国際的な核セキュリティの枠組みのなかでサイバーセキュリティ要件を取り扱うことが不可欠です。EUにおけるNIS 2指令(ネットワーク・情報システムのセキュリティに関する指令:2023年適用開始)と今後予定されているサイバーレジリエンス法に注視する必要があります。
  • SMRの輸出管理や各国の原子力安全規制当局間の相互承認:
    SMRの輸出に関して、公海内または外国の領土内で、輸出管理において制限を受ける可能性があります。
  • リスクへの保険:
    現在、核物質の輸送をカバーする標準的な海上保険はありません。SMRを船舶推進に適用するには、保険会社が準備を整えるための時間が必要であり、保険会社との協議が必要です。
  • 責任の共有:
    洋上でのSMRの安全な利用についての責任は、船舶所有者だけでなく、開発の段階から共有されることが重要です。原子力の取扱いを踏まえた特定のサービス契約を通じて、従来の責任の枠組みを適応する必要があります。特に、原子炉運転従事者の責任と、船舶所有者、傭船者、船長との関係は扱いに注意が必要です。
    同様に、サプライチェーンと開発者を支援できる資金調達構造についても、さらなる検討が必要です。

これらの国家レベルの調整に加え、地域規模においても、放射性物質の安全な積み下ろしや輸送に関して、また港湾内での原子力船の安全な航行について、規制を整備することが必要です。

4. 今後の指標

海事産業での原子力の利用に向けて包括的で安全な枠組みを構築するため、前述の課題に取り組むにあたり、海上での原子力の将来を見守るための重要な指標として次のようなマイルストーンが考えられます。

  • IAEA:加盟国と産業界からの明確な支持を得て、IMOと協力しながら、ATLAS(海上利用のために認可された原子力技術を海事産業に導入するためのイニシアティブ)を正式に開始
  • IMO:原子力船に関する決議A.491(XII)の見直しと更新
     
  • 保険業界:1962年のブリュッセル条約を再制度化
     
  • 金融機関:原子力を再生可能エネルギーと同等のクリーンなエネルギー源と認識

次の10年は、海事産業における原子力の役割を決定するうえで極めて重要です。原子力は、すべての関係者が協調して取り組むことで、海運・港湾業務の脱炭素化に大きく貢献し、持続可能な海上輸送の新時代を切り開く可能性を秘めています。

参照:
The role of nuclear in shipping decarbonization: April 2025, Main conclusions of the study carried out by dedicated working group, New Energies Coalition(英語)

船級部門 常務執行役員 杉原 義之

 

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