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海運業界の脱炭素化に向けたビューローベリタス Marine & Offshoreによるボトムアップアプローチ

1.WMOの2023年の気候についての報告書

2024年3月にWMO(World Meteorological Organization:世界気象機関)は2023年の気候の状態を分析した報告書を発表しました。この報告書によると、2023年はGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)濃度、海面水温、海面上昇、南極の海氷面積、氷河の後退などの観測記録が更新されました。世界の地表付近の平均気温は産業革命前の基準より1.45℃(不確実性の幅は±0.12℃)上回り、パリ協定の下限である1.5℃に大きく近づいた、観測史上最も暑い年であったと報告されています。

一方で、エネルギー転換がすでに始まっており、2023年には太陽光、風力などの再生可能な自然エネルギーを利用した発電が2022年より増加し、また、気候関連への資金投資も増えていると述べています。しかし、気候関連資金は世界のGDPの約1%にすぎず、パリ協定の1.5℃の上昇に抑えるという目標を実現するために必要な資金投資からは、以前として大きなギャップがあるとのことです。
WMOの2023年の気候についての報告書は“Climate change indicators reached record levels in 2023: WMO”をご覧ください。

2.海運業界の脱炭素化の現実を理解するための、ビューローベリタスのボトムアップアプローチ

海運業界では目下、GHG排出量のネットゼロへ向けて議論が交わされていますが、まず、業界全体に有効な決定的な解決策を見つけるのは難しいという点を認識しなければなりません。海運業界は非常に多様です。一枚岩ではなく、実際には複数の領域で構成されており、それぞれの市場が特有のニーズを抱えています。したがって、海運の脱炭素化における転換点は一つで移行もスムーズに完了するだろうなどと考えるのは現実的ではありません。

ビューローベリタスは、海運業界が多面的で複雑な脱炭素化の課題に対処するためには、アプローチも複数必要であるとし、脱炭素化のアプローチを研究してボトムアップモデルを策定しました。世界の船舶のサイズ・数・タイプなどの詳細について、これらの多様性を検討することで、より一般化な側面のデータ抽出を試みています。
詳細については、2024年2月発行のPosition Paper “Decarbonization Trajectories”をご覧ください。

2-1 ボトムアップモデルの概要

ビューローベリタスでは、気候変動の課題に対処するには、主要な対策のうちどれが最も大きな効果を生むかを問うことから始めるのが重要と考えています。ビューローベリタスが策定したボトムアップモデルは船舶のミクロ的属性に基づいていますが、ここから発展させて、業界のマクロ的な動向を予測することを目標にしています。最終的には、主な影響要因の変化に応じて船舶のGHG排出がどのように変動するかを計算しました。脱炭素化の過程がどのように展開するかについて現実的な洞察を提供し、IMO(International Maritime Organization:国際海事機関)のGHG排出削減の新目標を達成するにあたっての複数のシナリオを作成しています。別の言い方をすると、このモデルでは、固定された着地点を探すのではなく、さまざまな要因のもと、変化していく世界の海運業界のダイナミクスを反映した結果を導き出しています。

2-2 導き出された主なポイント

海運業界には、革新的な燃料や推進技術が成熟するのを待ってから行動するという時間的余裕はなく、それまでの間、現時点で適用可能な運航面での対策や省エネ技術を導入し、エネルギー効率の向上を図ることで、大きな効果が得られると思われます。デジタルプラットフォームの重要性は大きく、船主は、船舶の運航状況に関し、より良い情報に基づいた意思決定を行えるようになります。

また、ほぼリアルタイムで船の運航効率を向上させていくことも可能です。同時に、ブックアンドクレーム方式に基づくEnergy insettingなどのデジタル化された市場では、バリューチェーン全体を通して関係者が結びつき、ここでは再生可能燃料や低炭素燃料の生産を増加させる動きも活発になります。

2-3 海運業界での意識の変革も重要

気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)は、気候変動対策の目標としてカーボンバジェット(カーボン・ニュートラルを達成できる限界の排出量)の策定を推奨しています。カーボンバジェットの策定では、2050年までにどのように減らすかと同じぐらい、2050年時点でどれくらい排出量が残っているかが重要となってきます。同様に、運航上の短期的対策が取られれば、その効果は時間の経過とともに蓄積されていきます。船舶の平均速度や停泊時間を減らせば、GHG排出量の大幅な削減は可能です。一方で、こうした対策の潜在的効果を最大限に引き出すには海運業界の変革が必要です。

これらの対策が生む利益を公平に再配分するには、関係者間や契約者間でコンセンサスを形成する必要もあります。船主とチャータラーの間の相反する金銭的利害を調整しながら、バリューチェーン全体を通した協力体制が必要となりますが、この協力は今までにはなかったことです。重要なのは、チャータラーにとって受け入れ可能なGHG低排出燃料の価格の上限です。これは、海運業界の各領域の特徴と、社会から受けている注目のレベルに大きく左右されます。

最終的には、業界の脱炭素化は、陸上と海上双方の人的資源にかかっていると言えます。この点は、社会が安全かつネットゼロの未来を目指すなかで、海運が中心的役割を果たすためにも理解しておく必要があります。乗組員の訓練と十分な配置は、脱炭素化のスピードに直接に影響するため、看過してはならない問題です。

3.ボトムアップモデルについて

3-1 5つのシナリオ

ビューローベリタスが開発したボトムアップモデルは、海運業界全般の脱炭素化の課題に対応しています。業界では、現在のところ船舶の最小耐用年数は20年から25年というのが現実です。同時に、再生可能燃料や低炭素燃料に対応した新しい供給インフラの構築には、最低でも5年から7年かかると見られています。

ビューローベリタスでは、海運業界の脱炭素化の道筋について、5つのシナリオを検討しました。これは、世界の国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)、海上輸送業、グリーン水素の可用性等との関連で、将来展開するマクロ経済の予想を反映しています。

3-2 各シナリオの詳細

海運業界の将来像を出来るだけ広く予想するために5つのシナリオを設定しました。

  • シナリオ 1 –“Business as Usual(BAU)”:
    IMOの第4回GHG調査のBAUシナリオに基盤を置いている。海上輸送は急速に増加するが、海運業界は現在とほぼ同じ運航形態を維持する。
  • シナリオ 2a –“Central Progressive”:
    エネルギー資源の輸送は緩やかに増加する。これは、IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)の「NZE 2050」と水素協議会のシナリオに基盤を置いている。ここでは、化石燃料の輸送は大幅に減少し、代わりにバイオ燃料や合成燃料の輸送が大幅に増加するとされている。船舶は、ブルー、バイオ、合成などの代替燃料を大量に使用するようになる。また、技術的対策にとどまらず運航上の対策も実行されている。
  • シナリオ 2b –“Central Conservative”:
    輸送面については、シナリオ 2aでの予測と同じ。ただし、一部の海運領域においては、再生可能燃料や低炭素燃料の利用は、コストや可用性の制約から、それほど進まないとしている。
  • シナリオ 3 –“2030 Crest”:
    海上輸送の需要は、2030年以降減少するとしている。貨物輸送に関し、船舶は効率的かつ不可欠な手段であることに変わりはなく、こうしたシナリオは除外することもできるが、モデルによるアプローチが不完全、あるいは、偏ったものとなる可能性があるため示しておく。船舶への需要の減少は、以下のように様々な要因に起因するとされている。
  1. リショアリングのため、世界のGDPを反映した輸送需要のデカップリング
  2. 地政学的な理由から主権拡大を目指す国々が増える
  3. 先進国で消費者の新しい行動様式が広まる
  4. 世界中でGDPが減少する

一方で、このシナリオでは、海運業はシナリオ 2aと同様の技術上・運航上の対策を実施し、再生可能燃料や低炭素燃料の利用も拡大するなど、環境への十分な配慮が進むとしている。こうした燃料のコストは、燃料総需要の減少のため低下していく。

  • シナリオ 4 –“The Technological Fix”:
    海上輸送への需要予測については、シナリオ2a、2bと同じ。しかし、燃料生産やグリーンエネルギー生産に関し、技術進歩が期待できるため、再生可能燃料や低炭素燃料といった代替燃料の導入については非常に楽観的な見解を示している。一方、化石燃料の利用が大幅に減少することを意味し、海運業界や世界経済の流れにおける大転換を予想している。そのため、このシナリオが現実のものとなるかは疑問が残る。
5つのシナリオの特性
 シナリオ1-BAUシナリオ2a-Central Progressiveシナリオ2b-Central Conservativeシナリオ3-2030 Crestシナリオ4-Technological Fix
海上輸送の需要の増加
2018年-2050年
+112%+53%+53%-28%+53%
運航速度の低減-20%-27%-27%-27%-27%
停泊時間の削減-35%-55%-55%-55%-55%
技術的な効率改善
2018年-2050年
+24%+35%+35%+35%+35%
再生可能燃料、低炭素燃料の導入非常に限定的(化石燃料の割合:2050年時点で75%)楽観的
(同14%)
慎重
(同30%)
楽観的
(同14%)
非常に楽観的
(同2%)

 

国際海運のWtW(Well to Wake)でのGHG排出量の推移

国際海運のWtW(Well to Wake)でのGHG排出量の推移のグラフ画像

図:ビューローベリタスにて作成

4.ボトムアップアプローチから得られる脱炭素化への洞察

4-1 運航面での対策で大きな効果

ビューローベリタスのシミュレーションの結果、船舶の寿命を通し、採用可能な脱炭素化の方法は全て講じられる必要があることが示されました。船舶のライフサイクルで検討した場合、直ちに実行可能な運航上の対策や、エネルギー効率を改善する省エネ技術の採用は、世界のGHG排出量に大きな影響を与えます。

ビューローベリタスの予測では、速度と停泊時間の削減対策に着目しています。シナリオ 2aのシミュレーションでは、速度と停泊時間を低減する対策がとられなかった場合に何が起こるかが示されています。このシナリオでは、2050年のGHG排出量は、これらの対策が取られた場合との比較で92%多いです。

海運業界の脱炭素化は、もし港湾管理を含むサプライチェーン全体で対策がなされたなら、大きく前進するものと推定されます。この点において、デジタルプラットフォームの活用は、データ収集とモニタリングを容易にし、省エネ化を実現する中心的役割を果たすと思われます。これは、組織内で、さらなる船舶性能の最適化や脱炭素化イニシアティブを推進する起爆剤ともなるでしょう。

4-2 Energy insetting による化石燃料とのギャップ解消

これまでのところ、脱炭素化には代替燃料に議論が集中してきました。しかしこの過去10年間では、代替燃料は未だ十分な供給が可能とはなっていません。化石燃料の代わりとして、バイオ燃料や、風力・太陽光から生成されるe-fuelに焦点を当てるアイデアは、これから巨大な投資が必要であり、課題も山積みです。

代替燃料の規模を伴った生産を実現するには、十分な投資を促す現実的な方策が必要です。長期的に効率的な市場が出現するかは、その市場への信頼醸成と十分な情報が発信されるかにかかっています。こうしたなかで、独立した第三者機関による保険と認証のスキームは、今後の市場の発展に不可欠となるでしょう。

デジタル化が進んだことで、情報の信頼性を担保するデータ交換プラットフォームを介し、異なる分野の当事者間で情報交換できるようになりました。同時に、異なる当事者間の金銭の授受を安全に運用するブロックチェーン技術、あるいはこれと同等のレジストリも重要となっています。
Chains of custody(例:マスバランス方式、ブックアンドクレーム方式等)のトレーサビリティは、繰り返し行われるEnergy insettingなどとともに、バリューチェーンにおいて明確なシグナルとなって現れるため、結果、再生可能燃料や低炭素燃料の生産が刺激されていくと思われます。

このようなシステムが活用されれば、脱炭素化の目標とその達成手段を取り巻く問題も解消していくでしょう。最終的には、持続可能な資源とその供給に関心を持つ最終消費者は、購買力を通じて、上流部門の意思決定の方向も変えていくと思われます。

4-3 脱炭素化の次へ

最後に、ビューローベリタスのボトムアップアプローチは気候変動の緩和に焦点を当てていますが、海運業界の変革は、社会的要因や安全性、それに環境へのさらなる配慮を内容とした持続可能性のための旅路と言えます。特に環境への配慮は海運業界の脱炭素化を実現する技術の選択で、総合的検討を行うにあたり最も重要となります。

生物多様性の保護や大気・水質汚染の防止など、以前より幅広い環境要因を、安全性の厳しいアセスメントや乗組員の訓練といった他の要因とともに検討していかなければなりません。これらは、未知の旅路ではありますが、より良い海運部門を形作るためには、避けては通れない道筋でもあります。

船級部門 山下 和夫

 

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