EUのGHG削減政策Fit for 55とEU ETS(排出量取引制度)
1.Fit for 55とは
欧州グリーンディール(European Green Deal)は、グリーン経済を達成するためのEUの公約であり、GHG(温室効果ガス:Greenhouse Gas)削減のための2つの重要な目標を設定しています。
- 2030年までに1990年と比較して排出量を55%削減する
- 2050年までにカーボンニュートラルを実現
Fit for 55とは、欧州グリーンディールの「2030年までに1990年と比較して排出量を55%削減する」という目標を実現するために提案されたEUのGHG削減政策パッケージです。このパッケージは、気候変動と闘い、持続可能な経済を創出するためにEUがこれまでに打ち出した施策のなかで最も野心的なものとなっており、既存規制の改正と、新しい措置、目標、評価手法が含まれます。
1-1.Fit for 55の海事産業への影響
Fit for 55は、海運業や上流サプライヤーを含むEU経済すべてのセクターに適用されます。Fit for 55の採択に伴い、EU域内で事業を行う企業は迅速に対応する必要があります。EU域内での政策は、IMO(国際海事機関:International Maritime Organization)がより積極的な目標を採用するきっかけになる可能性があり、Fit for 55とその施策に精通することが海事産業全体に望まれています。
1-2.Fit for 55の主な方針
Fit for 55はまだ変更と議論の対象で、カーボンプライシング、規則、目標など、いくつかの対策を組み合わせたものになる可能性が高いです。
- カーボンプライシング
代替エネルギーを促進し、炭素ベースの燃料使用を抑制。GHG排出に伴うコストを貨幣価値に換算することによって行われる。 - 規則
燃料源の移行期限を明確にすることにより、代替燃料の生産と普及、新技術の迅速な開発を確保する。 - 目標の設定
加盟国間の共通原則を確立し、障壁を削減、投資を刺激することで、再生可能エネルギー技術のコスト削減を推進する。
1-3.海事産業に関連するFit for 55の施策
前述のように、これらの施策は経済活動を行うすべての産業に適用されますが、海事産業に影響を与える施策は次のとおりです。
- EU排出量取引制度(EU ETS:EU Emissions Trading System)
GHG排出量ベースの炭素課金制度で、EU域内での輸送によるGHG排出を抑制するために改正された。 - FuelEU
船舶で使用する燃料に対するGHG強度の上限を設定する制度。持続可能な代替燃料の生産と普及を促進する目的もある。 - The Alternative Fuels Infrastructure Regulation(AFIR)
低炭素燃料の利用を促進していくために、インフラ整備の促進についてEU加盟国が一様に取り組むべき政策を規定するもの。 - エネルギー課税指令(ETD:Energy Taxation Directive)
燃料に対する課税により化石燃料の使用を抑制するもの。 - 再生可能エネルギー指令(RED:Renewable Energy Directive)
再生可能エネルギーの導入割合目標とGHG排出目標についての規制。
2.EU排出量取引制度(EU ETS)とは
当初、EU排出量取引制度(EU ETS)は、GHG排出量の削減を目的とした欧州指令(2003/87/EC)の一部でした。Fit for 55は、既存のETSを、海運業界含む新しいセクターに拡大するもので、その結果、海運業界は排出量を削減する必要があります。排出量取引制度は、時間の経過とともに各セクターから排出されるGHGの総量を削減することを目的としています。
この制度はキャップ・アンド・トレード方式で実施され、登録された排出者はオークションシステムを通じて排出量に応じた排出枠を購入しなければなりません。EU ETS制度による収益は、海事産業の脱炭素化資金の一部にあてられます。
【 EU ETSでの炭素取引のイメージ】
2-1.対象となる船舶と航路
対象となる船舶は次のとおりです。
- 2024年以降:船籍にかかわらず総トン数(GT)5,000トン以上の貨物船および客船
- 2027年以降:5,000 GT以上のオフショア事業に従事する船
- 2027年以降:400 GT以上の貨物船およびオフショア事業に従事する船が含まれる可能性がある
制度の対象となる航海とGHG排出量は次のとおりです。
- EU港間を航行する船舶からの排出量の100%
- EU港の停泊時の排出量の100%
- EU港とEU域外の港との間を航行する船舶の排出量の50%
なお、ドライドックおよびその他メンテナンスの間や緊急時などは免除されます。
【対象となる航海とGHG排出量】
また、GHG排出量を適切に考慮するために、積替港は寄港とはみなされません。EU域外の積込港までの航海および積込港とEUの港との間の航海の排出量の50%がEU ETSに計上されます。欧州委員会は、近隣のコンテナ積替港のリストを2023年12月31日までに公表し、その後2年ごとに更新します。
2-2.適用開始と段階的導入
海運業界を含めた新しいEU ETS制度は2024年1月1日から適用されますが、最初は段階的な導入となります。
制度の対象となる船舶は、すでに適用されているEUの監視・報告・検証規則(EU MRV)に基づいて年単位でGHG排出量の報告をしていますが、EU ETS制度のために更新されるEU MRVプラットフォームを通じてGHG排出量の報告を続けます。
段階的な導入として、報告されたGHG排出量のうち、EU ETS制度の対象となる排出量は次のように年々増加します。
- 2024年:対象となる検証済み排出量の40%
- 2025年:対象となる検証済み排出量の70%
- 2026年:対象となる検証済み排出量の100%
【GHG排出量のうち、EU ETSの対象となる排出量(赤色)と排出量の上限値(黒線)】
2-3.キャップ・アンド・トレード方式
GHG排出者は、自分のEUA(排出枠:European Union Allowance)でカバーされている量までしかGHGを排出できません。必要量をカバーするのに十分な量がない場合は、追加のEUAを購入することができます。
欧州エネルギー取引所(EEX:European Energy Exchange)は、EUによって共通のオークションプラットフォームとして指定されており、EUの排出量の割り当てを担当しています。2024年には、海上業界用に7,840万のEUAが追加されます。
3.制度への適合スキーム
3-1.2024年に始まるファーストステップ
EU ETSの適合スキームは年単位で排出量を検証し償却するよう設定されています。
まず、船主はEU MRVの監視計画を2024年1月から3ヶ月以内に更新する必要があります。計画は認定された検証者の確認を受け、2024年4月1日までに行政当局に提出する必要があります。 計画には、本制度への適用のためにCH4(メタンガス)およびN2O(亜酸化窒素)の排出を含める必要があります。
以下により、船主を管理するEU加盟国の行政当局が決まります。
- 旗国
- EU加盟国における寄港数
- EU域内での最初の寄港地
それぞれのEU加盟国が管理する船主のリストは2024年2月に設定され、船主はフリートレベルで検証者を任命します。
2024年1月1日から、船主はフリートの個々のGHG排出量を監視する必要があります。その後、2025年3月30日までに、船主は行政当局に報告書を提出しなければなりません。
最後に、2025年9月30日までに、船主は2024年に排出されたCO2排出量の40%をEU ETSの対象としてEUAで償却しなければなりません。
3-2.違反した場合
CO2超過排出に対する罰則は、1トン相当量当たり100ユーロとなります。さらに、登録者は排出量に対応する量の排出枠を購入する必要があります。
また、2年以上の連続した報告期間にわたって継続的な不適合があった場合、EU域内の入国港で退去命令が出されることがあります。
3-3.他の船会社にチャーターした場合
EU ETS制度は、船自体ではなく、燃料の購入や船の操業に責任を負う組織に基づいています。船主は排出枠を償却する責任を負いますが、契約上、船を運航する別の事業体に費用を転嫁することができます。船主と傭船会社との間での交渉が見込まれます。
4.EU ETS 制度のグローバルな市場への影響
IMO(国際海事機関:International Maritime Organization)では現在、GHG削減戦略の審議が継続して行われています。グローバルな規模での経済的手法によりGHG削減を目指す規制も検討されており、そのなかには炭素税や排出量取引も含まれています。審議の結果によってはEU ETS制度の国際海運への拡大が考えられます。
グローバルな市場ベースの措置がIMOによって採用された場合、EU ETS制度とIMO措置の一貫性や、著しい二重負担となってないかなどについて検討される予定です。
参考:
Fit for 55
EU EMISSIONS TRADING SYSTEM(EU ETS)
船級部門 山下 和夫
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