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行政措置だけではすまない環境法令違反 〜 企業幹部個人の刑事責任が問われる時代


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2012年よりビューローベリタスとパートナーシップを結ぶEnhesa (エンヘサ) 社が執筆する、「海外における法規制」に関する記事を連載しています。
Enhesaは、ベルギーのブリュッセル及びアメリカのワシントンDCに本社を置くグローバルコンサルティング会社であり、企業のEHS (環境、労働安全衛生) 及び製品の遵法を支援しています。
2015年10月には日本法人として日本エンヘサ株式会社を設立、日系企業のお客様に対して、よりきめ細かな支援をお届けする体制を整えました。

2016年11月末、中国に進出する多国籍企業の経営者を震撼とさせる判決が中国で下されました。記憶に新しい2015年8月の天津爆発事故。事故現場であった倉庫の運営会社会長に、死刑判決が言い渡されたのです。主な罪状は違法な危険物保管や地方政府高官に対する贈賄であるものの、判決文には「業界安全基準の無視と継続的な安全上の問題」が指摘され、安全管理上の不備が糾弾されました。これほど極端な例まではいかずとも、環境事故や汚染、労働者や第三者の生命健康に関わる事案について、国内外で、企業、そして企業の幹部に対する刑事告発と刑事処罰の事例が後を絶ちません。この10年ほどの間に、各国政府は、単なる行政命令や罰金に留まらない枠組みを用いて汚染や事故の責任を追求しようとしており、その対象は企業に限らず幹部個人にも向いていることを、日本企業の経営陣はしっかりと認識しなければなりません。


法の執行手法の多様化

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法令の執行(取締り)の在り方には、その国の法制度や法慣習により相違があるものの、主には執行当局による査察・検査により摘発される場合と、何らかの事故(不法投棄、汚染の流出、火災、労働災害など)を契機とした後付けの捜査で法令違反が特定される場合があります。前者では、執行当局は限られた人材と予算で動いており、全ての事業所に頻繁に立ち入り査察することは、多くの場合、実務上困難です。そのため、また、執行の平準化と透明性を担保するためにも、多くの先進国が、執行計画(イニシアチブ)や執行職員向けガイダンスを公表しています。それらを読むと、その国の今の優先分野や取締りの具体的な方法がわかることがあり、参考になります。

例えば、カナダ・オンタリオ州やオーストラリア・西オーストラリア州を始め多くの国・州が、リスクベースの査察に移行してきています。これは、限られた予算の中、環境・安全上のリスクが特に高い事業所を中心に査察していく姿勢を打ち出したもので、何が「リスクが高い」とその国で見なされているかを知る手がかりになります。言うまでもなく環境問題の多くは(気候変動などを除き)地域特有のものですし、今、何が社会的問題となっていいるか、国・地域により違いがあります。例えば、米国環境庁(EPA)が公開するイニシアチブを読むと、この3年間の重点は工場・化学工場からの流出事故リスクの低減と、公共水域の汚染予防であることが読み取れます(ただし、最新のメディア情報によれば、トランプ新政権はEPAの予算を8億ドル以上削減することや、環境政策を大幅に変更することを企図しているようで、先が読めません)。また、ベトナムでは、過去の度重なる水質汚染事故から、外資系企業の公共水域への排水についてとりわけ厳しい監督の目が注がれています。大気汚染の深刻な中国・北京では、査察官が事業所に立ち入った際に何であれ黒く色がついた排気が確認されると、それが煙突からの排気であろうと構内を走るフォークリフトの排気ガスであろうと、摘発の対象となります。

執行当局が効率性を重視する中、何らかの重大な違反の存在を示唆する情報は、当局に大いに歓迎されるところです。従業員による内部通報を契機とした監督強化はよく聞くところでしょうが、市民やNGOによる民事訴訟がその契機となることもあります。この点、訴訟を提起できる資格のある原告(原告適格)が直接の被害者に限られる日本は世界でも少数派であり、環境問題に対しては団体訴訟(集団的・社会的な環境利益への侵害に対して一定の団体が訴訟を提起できる)や市民訴訟(同様に、直接の被害者に限らず広く市民が訴訟を提起できる)を起こせる国が多いことを認識する必要があります。また、中南米諸国では「クラスアクション」を奨励している国が複数あります。クラスアクションでは、被害者全員の意見を集約して各人から同意を取り付ける必要がある日本の集団訴訟とは異なり、被害者の一部がその他の被害者の同意を取り付けることなく、全体を代表して訴訟を提起することができます。そうすると、被害者の立場におかれている人が「同意しない」ことを明確に意思表示しない限り、自動的に訴訟に加わることになり、原告の数が桁違いに増え、ひいては損害賠償の額も大きくなるケースが多いのです。また、消費者団体が強いヨーロッパでは、消費者団体が特定の製品を狙い撃ちにして検査を実施することが度々あり、化学物質含有制限などに対する違反を発見・公表することも珍しくありません。意外なところでは、リテール店舗の業務や消費者向け製品について、執行当局の関係者が一私人として見聞きした法令違反を示唆する状況が契機となり、執行当局の査察が入ったこともあります。


警察による取締りと司法の関与

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従来の執行当局がリソース・予算難にあえぐ中、また行政官の汚職や行政庁の非効率性が課題である国では特に、警察による環境犯罪の取締りを強化する国が出てきています。「環境警察(ポリス)」というと日本ではあまりなじみがないように聞こえるかもしれませんが、実際には日本でも、廃棄物処理法や水質汚濁防止法などの取締りには警察が積極的に関わっており、例えば自治体の産業廃棄物に関わる部署には現職・OBの警察官が数多く在籍しています(これには、廃棄物の不法処理・投棄に暴力団が関わることが多かったという歴史的背景もあります)。警察庁は環境犯罪対策推進計画を策定しており、環境犯罪の検挙数なども毎年公表されています。労働安全衛生法では、法令違反の捜査権が労働基準監督署に与えられていますが、事故が発生した場合には業務上過失致傷罪の疑いありとして警察も捜査に入ります。いずれの場合も、もともと監督官庁である行政当局や労働基準監督署による捜査と比べて、犯罪があることを前提とした警察による捜査は徹底的にウラをとる調査であり非常に厳しく、捜査対象となる企業や個人の精神的負担は相当な程度になるようです。

最近の海外の例では、今年に入ってすぐ、中国・北京市が、大気汚染源に対する取締り強化のひとつとして、環境法令違反の摘発に特化した部隊を警察内に創設したことを発表しました。主な取締り対象は企業のみならず、個人の活動にも及ぶとされています。ベトナムでは2010年以来、公安省特別局として創設された環境警察に環境汚染の推定関係者に対する捜査権と、必要に応じて業務停止命令を出す権限が与えられています。さらに2015年12月からは、環境法令に違反するような企業活動や犯罪に関与すると疑われる企業は、環境警察による定期的な監視と不定期の立入査察の対象となりました。アフリカ諸国でも環境犯罪の取締りに警察が深く関わっており、ナイジェリアでは環境省が警察官を訓練し、環境当局と警察が協力して査察を実施していますし、南アフリカでも環境犯罪の摘発で警察が主要な役割を果たしています。

司法の分野でも変化が起こりつつあります。経済活動と裏腹の関係をなす環境問題は、従来、政治経済界の権力者の関与や汚職により、国によっては公正な裁きがなされないこともままあるものでした。ブラジルでは現在、法的に独立した正当な検察官が環境訴訟案件を捜査・訴追し、法の支配を強化しています。2011年に発生した重大石油流出事故では、原因企業と政府との間で和解が成立したにも関わらず検察庁による刑事訴追が再開され、原因企業の外国人を含む幹部11人もその対象となりました。メキシコでは環境裁判所が設立されており、タイでも環境法令違反を審議する独立した裁判所の設立が議論されています。環境裁判所は環境訴訟のみを取り扱うため、案件が迅速に審議・裁定されると同時に、裁判所の専門性の蓄積も期待されます。また、冒頭に紹介した中国では、2013年に刑事案件の審理基準が改正されており、重大な環境違法行為については、企業に加え、責任者個人に死刑を最高刑とする重罰が課され得ることが定められました。実際に10年以上の禁固刑を受けた企業幹部がこれまで何人も出ています。ブラジルでも、先のケースで刑事告訴された幹部には、30年の禁固刑が課される可能性があります。中国・天津爆発事故では、関係する何十人もの地方政府行政官が、収賄、業務上過失、職権乱用などで3〜7年の実刑を受けています。事件以降の中国では、たとえ正当な許可申請であっても、当局担当者が後の処罰を恐れ事業者に許可を発行したがらない傾向が続いています。


おわりに

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弊社では、日系企業の国内外拠点の環境遵法監査を請け負うことが度々あります。遵法違反を指摘された際の拠点責任者の反応は、大きく二つに分かれます。「知らなかった、それは大変だ、すぐ徹底的に対処しよう」と、「そこまでやらないといけないんですか」と。確かに、問題によっては対策にそれなりの費用がかかることになり、経営上の難しい判断が求められる場面が出てくることがあります。しかし、確かに言えることは、ほとんどの国で環境法令違反に対する取締りが厳しくなってきている世情、自社だけは見つからない、この程度なら摘発されない、という思い込みは捨て去るべきだということです。罰金や行政措置で済めばまだよし、法令違反が原因で事故が発生し、幹部個人が刑事告発された場合には、それが海外であればパスポートを即座に取り上げられ、出国できなくなり、言語・文化・法慣習が日本と全く異なる異国で、刑事被告人として相当の期間を過ごさなければならなくなります。日本で展開する某米系企業において、「日本ではそこまでの対応はしなくてもよい」と言い張る日本人スタッフに対して、アメリカ人幹部が「私をジェイル(拘置所)に入れる気か!」と詰め寄ったシーンが思い出されます。その場面でどちらが正しかったかどうかはともかく、近年の世界的な傾向を客観的に眺めるに、そのアメリカ人幹部の反応が、海外拠点で環境リスクを管理する者として普通ではないかとも思えます。

現地法人のトップマネジメントを日本人が担う傍ら、実務は現地採用スタッフに任せていることが多い日系企業現地拠点にあって、現地の遵法違反の多くが社内の認識やコミュニケーションのギャップに拠るところであることを、多くの場面で感じます。現地スタッフが法令の意味するところを正確に理解していない、これまでその国の法執行が比較的緩かったことで法令リスクとして認識されていない、違法状況が環境や事業、会社、ひいては責任者個人にもたらすリスクが社内で適切に共有されていないなどといったことが多いのです。しかし、摘発があったとき、また事故が起きた際に責任を追及されるのは、管理監督する立場にある者です。日々の業務管理の中で、現地スタッフに対する信頼と適切な監督の間のバランスをとり、ブラックボックスではなくマネジメントシステムの中で確実に遵法を担保することは、現地における企業活動の安全な遂行のみならず、最終的な責任者である同僚を刑事責任から守ることにもつながるのです。



著者:宮田祐子(Enhesa シニアプロジェクトマネジャー兼シニアコンサルタント)
※本稿の著作権は著者個人に帰属します


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日本エンヘサ株式会社
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japan@enhesa.com
http://www.enhesa.com/

Enhesaは、ベルギーのブリュッセルに本社を置くグローバルコンサルティング会社であり、企業のEHS (環境・労働安全衛生)法令遵守を支援しています。2015年10月には東京八重洲に日本法人を開設し、日系企業のお客様に応対しております。ビューローベリタスジャパン株式会社との緊密な連携により、EHS法規制動向のモニタリング、遵法監査ツールの提供、遵法監査代行、製品規制調査等、日本企業の国内及びグローバル市場における事業展開・事業運営、輸出に関する法令遵守を支援しています。


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