Business Vision
 

マテリアリティの特定と
ステークホルダー・エンゲージメントについて

経済人コー円卓会議日本委員会
専務理事兼事務局長
石田 寛 様


ビューローベリタス主催セミナー
「企業の環境・CSR対応2016」
(2016年10月5日/東京会場)でのご講演より


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はじめに〜コー円卓会議の成り立ちとCSRへの視点

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私が日本委員会の事務局長を務める経済人コー円卓会議(以下、CRT)は、今から30年前に、コー(Caux)というスイスの小さな村に日米欧の経営者たちが集まり、冷戦下の摩擦の中でいかに円滑なグローバル・ビジネスを進めていくか、円卓を囲んで話し合ったところから始まります。誰が主座かが明らかになる四角い机ではなく、全員が輪になる丸いテーブルに座り、1人の人間としてどう考えるべきかという視点をベースに、社会全体を配慮したかたちで自己利益を生み続ける仕組みを考える、経済人による経済人のための会議です。

皆様が取り組むCSR(Corporate Social Responsibility)も、この円卓会議で「企業が社会に果たすべき役割は何だろう」と話し合われたことから、発祥していきました。ただ、Responsibilityを日本語で「責任」と訳すと、難しくなってしまいます。本来なら、ResponseとAbilityの2つに分けて、考えるべきなのですね。CSRとは、「応えられる能力」なのです。社会が皆様の会社に対して、どういうことを期待あるいは懸念しているか。それをしっかりと押さえて、しっかりとした手続きで社会に応えていくことが、大切だと考えます。


CSRの意義/社会に及ぼす影響に対する企業の説明責任

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CSRは、「社会に及ぼす影響に対する企業の責任」と定義されます。ここでの「責任」とは、社会から求められる要求もしくは社会が懸念する事項に対して「応えること」です。これができた時、企業は社会的な価値を向上させることができます。この「責任」を果たすために、企業が大切にしなければならない視点は、次の5つになると考えます。


(1) 競争ではなく共創

複雑な現代のビジネスでは、1社だけで社会に責任を果たすことはできません。1970年代に対立関係にあった企業とNGOも、今では対話を重ねることで国際的な課題を解決する方向へと歩み始めています。競争関係ではなく、お互いが協働して新しい価値を創造する共創関係が求められています。


(2) 部分最適ではなく全体最適

約200カ国で構成されるグローバル社会からは、様々なガイドラインや行動指針などが策定されてきています。それら1つ1つに対応する時間はなく、全体最適の視点から要所を押さえていく視点が求められます。ガイドラインや行動指針それぞれに対して完璧に対処する部分最適な方法ではなく、世界が求める要求・懸念事項の潮流を把握し、大きなPDCAの流れ(例えばヒューマンライツ・デューデリジェンス)の中で課題解決にあたる視点が大切です。


(3) 組織・個人の特定(IDENTITY)

現在、発展途上国で頻発する児童労働や強制労働などのヒューマンライツ上の問題から、「サプライチェーンCSR」が、国際的な課題となっています。企業が社会に果たす責任の1つとして、問題に関連する組織及び個人を特定して、懸念事項に対する適切な対処を行うことが求められています。


(4) 正当性の担保(RULE, PROCEDURE, JUDGE)

CSRへの取り組みが国際社会からの認知を得るためには、しっかりとしたルールをつくり、しっかりとした手順で、プロセスを踏んで行うことが大切です。また、その取り組みの正統性を、第三者機関が適正なタイミングで担保することも必要となります。これは、私たちCRTが非常に力を入れている活動です。


(5) 透明性(レポーティング)

社会から提示された要求・懸念事項に対し、企業はビジネスのマテリアリティ(重要性)と照らし合わせ、課題に応えていきます。この時、すべての課題に応えることよりも、応えられない課題に対する説明を、透明性をもって開示する責任を果たすことのほうが、より重要です。これが企業が尊重すべき「説明責任」であり、GRI G4では「透明性」をエッセンスとしています。


世界のCSRの潮流/Business & Human Rightsへのパラダイムシフト

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特に、部分最適ではなく全体最適の視点から企業の「責任」を果たすためには、グローバル社会でのCSRの考え方の流れを、大括りに掴む必要があります。

1970年代後半から多国籍企業がヒューマンライツに与える負の影響を懸念する声が高まり、企業とステークホルダーとの信頼関係が希薄化しました。これを懸念するCSRイニシアティブ団体がそれぞれにガイドラインを策定していく中で、2011年に国連のJohn Ruggie氏が「ビジネスとヒューマンライツの指導原則」を策定し、これを基準にISO26000、CSV、GRI G4、統合レポートなどのガイドラインが統一されていくことになりました。

John Ruggie氏の「ビジネスとヒューマンライツの指導原則」では、「企業の尊重する責任」を明確に規定し、以下の4つの取り組みを要求しています。
(1) ヒューマンライツについて知る−国際人権基準について知る
(2) 企業方針の確立とコミットメント
(3) ヒューマンライツ・デューデリジェンス・プロセス
(4) ヒューマンライツ侵害の是正を可能とするプロセス
これによりCSRの方向性は、着実に「ビジネスとヒューマンライツ」へとパラダイムシフトしていることになります。

皆様も、様々なステークホルダーと話し合う場を持つ「ステークホルダー・エンゲージメント」を大切にされていることと思われます。70年代から対立軸にあった企業とNGOの関係は、現在はNGO、企業、国家が共創してヒューマンライツに与える負の影響を解決していこうという方向へと向かっています。この流れの中で、皆様の企業にも、NGOの問いかけには積極的に情報を開示することが求められています。

ヒューマンライツ・デューデリジェンスのプロセスとして、企業には「ヒューマンライツ方針の策定」が求められるところとなります。「人権」という言葉は、法務部や人事部の方が日ごろ違った解釈で接しておられ誤解を招きやすいので、英語でHuman Rights(ヒューマンライツ)と言い表したほうが的確かもしれません。また、「方針」とは、企業として目指している方向を社内外に明示することであり、一定の成果を社内外に約束するものではないということにご留意頂きたいと思います。

この「方針」を策定する際に、その企業のマテリアリティが問われますが、そこで必要となるものが「インパクトアセスメント」という考え方です。潜在的な課題が顕在化した時にBCP(Business Continuity Planning)の観点からも企業活動に大きなインパクトを与えるものを明確に把握できていなければ、マテリアリティを特定することができません。つまり、皆様のビジネスで最も負の影響が大きい課題を開示することを、ヒューマンライツ・デューデリジェンスのプロセスとして、世界のNGO、機関投資家、ESG投資家が求めているのです。

現代のグローバル・ビジネスにおいて、Business & Human Rightsに関わる潜在的なリスクは本社機能よりもむしろサプライヤー側に存在しています。そのため、国連やCSRイニシアティブ団体は「サプライチェーンCSR」を重要視し、どの地域のどの工場のレベルまでを特定して、ヒューマンライツ・デューデリジェンスを行うことを求めています。


CRTの立ち位置/中庸の精神で企業とステークホルダーとの橋渡し役を務める

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国連の「ビジネスとヒューマンライツの指導原則」を受けて、イギリス政府は2015年、「Modern Slavery Act 2015」(現代奴隷法)を採択しました。これに伴い、他のEU諸国でも、責任あるサプライチェーン・マネジメントへの活動を活発化していくものと思われます。

西洋では、ある基準を策定してそれに基づき適・不適を判断する、ものさしで「測る」ような考え方をしますので、Business & Human Rightsに関連する企業の活動を、どうしても性悪説で捉えてしまいがちです。これに対し日本には、「測る」ことよりも物事を考え合わせて判断する「図る」という文化が存在します。1つの課題に向けて双方の意見や考え方を聞き入れて解決策を探る時、どこまで互いに歩み寄れるのか、その共通項を見出すための手法を確立していくほうが、より確実かつ賢明であると私も思います。

CRTでは「自らを正すことを第一に、誰が正しいかではなく、何が正しいか」という理念に基づき、国際会議やセミナーなどの活動を通して、日本の企業と世界のNGO団体及びステークホルダーとの橋渡しを行っています。日本の企業のCSR活動が正統性を担保するためには、ダイアログを優先する価値観を根底にしたプラットフォームを構築していくことが不可欠になると、私たちは考えます。


日本の課題/2020年東京オリンピックに向けて世界が注視

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特に日本では人口の減少に伴い、外国人の労働者からの人材確保が活発化しています。さらに、2020年の東京オリンピック大会開催に向けて、世界のステークホルダーからの視線はより厳しいものになると思われます。今後、グローバルなNGO団体が日本企業のヒューマンライツ侵害に係る負の影響に関する監視活動を活発化してくることが予想され、すでに主要なCSRイニシアティブ団体は日本国内での実施調査を完了したとさえ言われています。

こうした傾向に対し、私たちCRTは、企業やオリンピック組織委員会から中立の立場に立って、日本のCSRの正当性を担保するためのPROCEDURE(手順)を確立し、オール・ジャパンとして世界との距離を狭める活動を積極化しています。

「サプライチェーンCSR」に関しては、既にBusiness & Human Rightsに対して機関投資家がCSRの価値をベンチマークとして定量的に測定し株価に反映する段階まで達しています。このベンチマークは、企業のトップのコミットメントとステークホルダー・エンゲージメント、人権デューデリジェンスの取り組み、救済と苦情処理メカニズム、インパクトアセスメント、そしてそれらに対する企業のパフォーマンスについて厳しく精査を行うもので、現在は食品、アパレル、採掘の3業種に適用されていますが、来年からは一気に業種が拡大すると見込まれます。CRTではCHRB 2016 Pilot Benchmarkingに日本の企業の取り組みを紹介する活動を積極化し、2016年にはイオン社とファーストリテイリング社の2社がノミネートされるに至りました。

東京オリンピックに向けて、約1万社から食材や備品が調達される見込みです。そうなると、1万社が持つサプライチェーンに向けて児童労働問題などのヒューマンライツの侵害が起き、社会に負の影響を及ぼしていないか確認し、もし課題が見つかれば適切に対処し、解決し、報告する仕組みが求められます。CRTではオリンピック組織委員会が策定した「持続可能性に配慮した調達コードの基本原則」に基づき、関連企業との対話の場を大切しながら、調達コードの遵守状況を把握していきたいと考えています。

懸念や苦情に適切に対応するための苦情処理メカニズムについては、CRTから性善説の「図る」論理に基づく「カイゼン・メカニズム」を提案しています。1万社の調達先に対して一定の基準を策定することなく、逆に苦情が発生した時点でそのステークホルダーの「意見や考え方を聞き入れて解決策を探る」苦情処理メカニズムは、世界で初めてのレガシーのスキームになるのではないかと期待しています。

こうした「サプライチェーンCSR」などの世界のルールは、主に15団体ほどのグローバルなCSRイニシアティブ団体によって確立されています。それらの組織の位置づけは、国連組織、国家、業界団体、独立系のNGOとなりますが、こうした団体が個別に日本企業と交渉を進めると、瞬く間に混乱をきたしてしまいます。そのためCRTでは、企業と世界のNGO団体がまさに同じラウンドテーブルを囲む仕組みづくりを進めています。

こうして、2012年に自然発生的に始まった「ニッポンCSRコンソーシアム」というプラットフォームの活動は、日本の企業と世界のNGO団体を1つの輪の中に結びつけ、対話の中にBusiness & Human Rightsの共通解を見出す「ステークホルダー・エンゲージメントプログラム」を推進しています。


企業の課題/サステナブルな視野からのマテリアリティの特定

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現在、日本の企業は国際社会からBusiness & Human Rightsのヒューマンライツ・デューデリジェンスのプロセスを確立し、効率良く実践していくことを強く求められています。しかし、そのためのマテリアリティの特定をどう進めていくかということは、皆様もお悩みのことと思われます。CRTでは、マテリアリティの特定のための「サステナブル・ナビゲーション」を提案しています。

この仕組みは、企業が実施するプログラムとCRTによる支援プログラムを、「マルチでのステークホルダーダイアログ」→「マテリアリティの策定」→「活動の実施」→「レビュー」→「報告」→「報告のレビュー」のPDCAサイクルで整理し、企業で達成されている部分をカラー表示することにより、マテリアリティ特定やCSR活動の進捗レベルを可視化するものです。

この活用により、全体最適の視野から現時点のCSR対応レベルを一目瞭然で把握することができます。また、プログラムを展開する上で課題となる「組織・個人の特定」を行うことができ、「サプライチェーンCSR」にも迅速に対処することができます。さらに、活動の「正当性」が担保されますので、企業は「透明性」をもってステークホルダーへの説明責任を果たすことができ、組織外部からの「共創」関係を獲得しやすくなります。

企業が成長を望み、社会が持続的に発展することを望む中で、企業と社会がそのベクトルを合わせるためには、両者の課題をマテリアリティの特定により、しっかりと整理することが大切です。しかし、この整理の過程で「あらかじめ策定した課題に基づき適・不適を判断する」考え方を用いてマテリアリティを特定すると、現場からの離反を招いてしまいます。残念なことに現状では、このような取り組み方をされている企業が多く見受けられます。大切なのは、「マルチでのステークホルダーダイアログ」のプロセスを通じて、双方の意見や考え方を聞き入れて解決策を探ることであり、そのために潜在化するリスクを顕在化させる「サステナブル・ナビゲーション」が役に立つと考えます。


まとめ〜ステークホルダー・エンゲージメントがCSRを規定する

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マテリアリティは、企業だけで決めるものではなく、様々なNGO、NPOそしてステークホルダーとの対話の中で、特定されていくものです。その過程において、ステークホルダー・エンゲージメントは欠かすことはできません。その意味で、CSRを「社会に及ぼす影響に対する企業の責任」と解釈するのではなく、「Cはカンパニー、Sはステークホルダー、Rはリレーションシップ」と理解する方がより的確であると、私は考えます。

皆様が向きあうステークホルダーに対し、「企業に何を期待し、企業の何を懸念するのか」真摯に耳を傾けることで、互いの信頼関係を高め合えるCSR活動を展開されていくことを期待します。

ご清聴ありがとうございました。


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